Path of My Life

今自分が歩んでいる道を振り返るためのブログ。

私の根底にいつもあるもの②

前回、私の根底にいつもあるもの①と題しまして、私が感じたタイでのNGO団体活動について述べさせていただきました。もうちょっと詳しく言うと、タイの教育現場で感じたこと、です。今回は、その後どうなったのかお話しします。

 

 

前回の記事を読まれていない方は、ぜひこちらから飛んでみてください👼

 

pathofmylife.hatenablog.com

 

小学校でたくさんの問題が見つかり(主に両者の意思が行き届いていなかったことで活動を理解してもらえてなかったり)、解決しないと進まないことが現状としてありました。

と言うのも、私たち児童教育部は今まで現地で行ってきた活動のゴールが見えてきて、そろそろ撤退し新しい場所で支援することを考えていたからです。

今まで様々な活動を行なってきましたが、1つ1つの活動が達成されたと部署と現地でのフィードバックを踏まえて判断し、問題がありながらも全ての活動終了は近づいてきていました。今振り返ると、撤退という節目に立ち会えたことは嬉しかったし、私が1回生の夏の頃と3回生最後の夏を比較しても、小学校の発展は見られていたことから、撤退すべきなんだという実感もありました。

 

私たちが今まで行ってきた活動は、英語教育や日本文化を伝えること、図書室設立、交流会、食に関するレクチャー等々。小学校に合わせて活動してきました。

そして撤退を見据えた最後の夏渡航で行う活動のメインは衛生面に関する手洗いプロジェクトというものでした。これは、児童が外で遊んだ後や給食前に手を洗っていないことが分かったため始めた活動です。1年前からこの活動は行なっており、今回で児童が手洗いが習慣化されているという確認を取ることができたら、この活動は達成できたとして私たちは撤退、という計画がありました。

しかし、1年前から児童はやっていませんでしたし、教員も促すような手伝いはしてくれていませんでした。だから、期待していませんでした。今回もしてないんだろうな、どうやったら上手く伝えることができるんだろう、どうやったら必要性が分かってもらえるんだろう。

もちろん、手洗いをしてもらうためにも導入材料となるような動きは取っていました。児童と一緒におもちゃの入った石鹸を作ったり、紙芝居を通して手洗いによる健康面での影響を伝えたり、手洗いの歌を使って楽しいと感じてもらえる工夫をしたり…

それを理解してもらい、習慣化してもらうには小学生では難しいだろうということも分かっていました。それに、もし手洗いしていても、『習慣化』しているなんて、年に2回タイに行っただけでどうやったらわかるのか?それはもうスムーズさに限ると思っていました笑。久しぶりに手を洗うんだったら戸惑いながらやるはず。それに石鹸を使うことだったり手洗いの歌を使うことだったりは覚えてないだろうという様子が確認できるか否か…。

加えて団体の仕組みとして、タイへの渡航期間が終了後は日本に戻って、各部署で活動のフィードバックをして、どのような成果を得ることができたか全体に発表する場面があるので、考える必要がありました。今までも苦労したのは、教育分野において達成することができたかを図る指標を作ることが難しいということです。テストで判断できるならまだいいですが、例えば合格基準となる点数を設定したとして、合格ラインに達さなかったギリギリの児童は本当に知識が身についていないとは言えないでしょう。病気に関してもグレーゾーンという言葉があるように、数値を設定して満足するだけではいけないと思います。また、これはできていたけど、あれはできていなかったという中途半端な達成具合だとメンバーの価値観や心理も影響してくることがあって、難しかったです。先ほども習慣化という言葉を挙げたように、普段使っている言葉でも深堀りしていかないと、いざ振り返ってみましょうというときになったら困ります。だから、言葉の意味を考えることは重要でした。

 

結果的に、児童が手洗いを習慣的に行なっているということが確認できました。これは本当にびっくりしました笑。自分たちが教えた手洗いの方法を児童が教えてくれるなんて、想像もできなかったし、手洗いの歌も覚えているし、なんせ、教えてくれる。これはもう完全にアウトプットができている状態と言えるだろうと確信しました。分かってくれたんだ、という嬉しさがありました✨

 

こうして、撤退をする運びになり、私も引退しました。

ここまでだと、私は活動に真摯に向き合っている人だと思われるかもしれませんが、

そんなことはなかったんですよね。一番頑張っていなかった気がします。この団体に所属している約2年半の間、タイでも、国内でも嫌なことはたくさんあったので、何度も何度も辞めてやるッ!という思いがありました。でも、やっぱり辞めれなかったんです。辞めれなかった、辞めたくなかった理由は、私の根底にいつもあるものが私をやめることを許さなかったから。それは、いたってシンプルに私の『責任感』でした。これはときにありがた迷惑にもなる感情ですが、私は現地の小学校の児童が学ぶことは楽しい!と思って欲しいという思いがありました。それに最後まで見届けずしてなんで活動ができたと言えるのか、とも思いました。撤退する上で、支援をさせてくれてありがとうという感謝の気持ちも伝える必要がありました。だから、辞めれなかったです。

 

カッコつけましたね。引退して数週間ですが、もう記憶がなくなってきているのでいい記録になりました。結局美談で済ませてしまう癖がありますね。

最後まで読んでくださってありがとうございました